打ち上げ花火☆

2006年8月15日 家族
家で暑さにうだりながら、甲子園を楽しんでる毎日です。

せっかくのお盆なので、家族で花火を提案したものの、
両親はナイトテニスを楽しみに行ってしまったので、
妹と二人で打ち上げ☆

着火マンを持って公園へ。
すでに3組くらいが花火を楽しんでいました。
今まで、打ち上げの点火はしたコトが無かったので、
ちょっとドキドキしながら、(母親に必要以上に心配されて緊張してた。)
火が点くと、シュワァっと火花が散って周りが明るくなる。
そんなに派手な代物ではなかったけれど、
妹は打ち上げ初体験だったらしく、ものすっごく興奮していて、
良い顔してた♪

来年の夏はどうなってるか分からないし、
無理矢理にでも重い腰を上げて行かないと、後で後悔しそう。
よく妹とお喋りをしていると、
私が知っていてorやっていて当たり前だと思っていたコトが、
彼女にはかなり欠けていて、驚かされる。
最近はバド漬けの毎日だし、家族でっていうイベントが少なかった。
その分、私が体験してきたコトと彼女のそれとは、少し差があるらしい。
だからこそ、私がいる内に出来るコトは沢山しておきたい。

家族

2006年8月11日 家族
誰に何を言われようとも、
誰に何と批判されようとも、
家族が理解を示してくれないコトが一番辛い。

だから自分の趣向は家族の影響を大きく受けるんだろうし、
家族っていう、一番小さな組織からは、逃れられないんだろうなぁ。
「かまってもらえないと辛いよね。」
そう言われちゃった。
私ってかまってもらっていないんだ…それがショックだった。

日夜の残業に海外出張の連続。
お疲れなのは私が想像している以上なんだと思う。
やっとの連休。邪魔されたくない。
それは分かるけれど、それでもそこで「邪魔しないでくれ」と言って欲しくは無かった。

そんな状態でまともに娘の話なんて聞いてられないよね。

誰がこんなに狂わしたんだろう。
優先順位を歪められた気がする。
そもそも海外赴任なんてしなきゃ良かったんだって思う。
彼の時間はすでに他人の所有物。
家族のものでも、妻のものでもなくなってる。
自分の貴重な時間なのに、彼には自分のそれを自分で使うコトすら許されていない。

もう贅沢言わない。
食わしてもらって、住ませてもらっている上に、
彼の貴重な時間を分けて欲しいなんて、言わないから。

家庭環境の影響

2006年4月17日 家族
解決はしていない。
だけど、母親と意見を交し合って、大分スッキリしました。

彼女は半分諦めていました。父親のそういう態度に対して。
20年以上言ってきたことだけど、治らないって。
自覚がなきゃ人なんて変わらない。
だから自分の気分を害さない程度に言ってきたってさ。

私も同じ。
うちでは「家族会議」はあり得ないって、随分前に見切りをつけたコトを思い出した。
でもそれでもって、子供ながらに求めてきた。
何も知らない同士の親子関係がイヤだったから。

でも彼の生き方は、自己完結らしい。
他人と一緒のときは、それはそれは全く違った顔を見せるけれど、
基本的に家庭内では自己完結。自分から自分の話をしない。
人と関わろうなんて思っていない。

そういう家庭の影響を受けて、子供は育っていくものです。
私はこんな二人の親に育てられ、
自分のコトをいつも見続けて欲しい、っていう願望が異常に強い気がする。
じゃなきゃ独りを感じる。

自分の育った家庭環境を教訓に、未来の家庭を幸せに築きたい。
私は愛情表現を豊かにして過ごしたい。
子供が泣いている時は、抱きしめてあげる。
子供が頑張った時、愛おしい時も、抱きしめてあげる。
私が子供のコトを考えているんだよってコトを、きちんと伝えてあげる。
「察しろ」なんて言わない。言わなきゃ伝わらない。
あぁ…自分が育った家庭環境がもろ影響してるね。

 
今晩は、子供代表として、母親に伝えました。
父親が自分の育った家庭環境から、自己完結的な付き合いしかできないって言うけれど、
あなたたちも3人の子供を育て、影響を与えているんだよ。
毎日共に過ごすコトで、あなたたちの影響を着実に受け継いでいるんだよ。
だから私は、愛情表現豊かな家庭を築きたいなんて思ってるんだよ。

家族

2006年4月17日 家族 コメント (2)
いかん、涙もろくなってる…。

結論はほぼ出てる。
父親の意見は、一意見で収めておけばいい。
私の人生、私が決める。

でも、それでも、
私と「議論をする気がない」と言った父親を
私は理解できません。
「後で後悔しろ」なんて、私の中で地獄へ落ちろと同語で、
そんな発言を娘にする父親を、私は全く理解できません。

彼は何のために働いているの?
お前たちを養ってやってんじゃねーか、って言うんだったら、
だったら、もっと私たちと向き合ってよ。
金だけ稼いでそれなりの生活してたって、
子供たちにとんと疎いんだったら、全然幸せなんかじゃないよ。

上から物を言うコトなんて、誰だってできる。
子供に対して「何も知らないくせに」って言うコトは、誰だってできる。
そんなの逃げ口上だ。相手の足を引っ張ってるだけだ。
そんなの誰だってできる。
同じ土俵に立ってよ。議論の席に着いてよ。
私たちだって、知らない・分からないなりに考えてるんだ。
一方的な物言いで簡単に意見が変わるほど、単純じゃないんだ。

他人ならこんなコト、全然気にしない。
私が求めていた父親像を、見事に壊してくれた。
ずっと頑張ってきた。ずっと、彼が父親らしくいるために、
イヤイヤな時も、彼の意見を聞こうと努めてきた。
壊れたくない。何も知らない親子関係なんて嫌だったから。
でも、彼はそうではなかったみたい。
私を何だと思っているんだろう。娘ってどういう位置づけなのかな。
あなたが働いた金で教育受けさせて、衣食住を満たしてやって、
あなたたちの、それは出来が悪いかもしれないけれど、傑作だと思ってた。
それなのに、今になって、ポイッて捨てて。
私は何か間違ったコトでもしましたか?

家に帰りたい。帰りたい。私のコトを見ていて欲しい。
今日は妹のバドの郡大会だったそうです。
全国で活躍するメンバーが所属するクラブで練習を数年積み重ねていたため、
まだまだ通用するだけの力は無いにせよ、
今年入学したばかりだというのに、郡大会に出場させてもらったらしい。
おぃおぃ…なんて羨ましいコトしてんのさ。。。

学校の帰り道に、小学生らしい女の子がお母さんとバドミントンをしていた。
おもちゃのシャトルがポーン・ポーンと浮き上がる。
昔は妹も、私も、あぁやってバドミントン始めたんだよなぁ。

 
さて、今日のお昼、
たまたま一人でランチをしていた、知り合いの進路指導部のスタッフさんを見かけたため、
同席させてもらいました。
どこで就活するかについて、
名古屋でするか、東京へ行ってするか、ちょっぴり悩んでいたのだけれど、
やっぱり東京へ行きたい感が増した気がします。
イヤ、東京って街はやっぱり苦手だと思うし、
あの中で自分が埋もれないように、独立して生きるのはちょっと大変かもしれない。
だけど、田舎の生温い空気ばっかり吸ってたんじゃ見えないモノがあると、
やっぱりそう思いました。

やっぱり、月曜日の「先輩が後輩の相談を聞きますよ」的イベント時のアドバイスが大きい。
社会人になるスタートラインは、今しかないし、
今ならどんな仕事に就くこともできる。
その機会を、沢山の人の中で、いろいろな刺激を得て、
自分の好きな道、探していきたい。
親の顔色とか、親の顔色とか、親の顔色とか、親の顔色とか…
そんなん気にして、後で変な言い訳作って逃げたくないからね。

自分は、親が思ってるほど小さな人間やないんやで!!!!

うぅ…やっぱり親の思ってるコトがつくづく分からんなぁ。
無駄なお喋りは沢山するくせに、そういう真剣な話となると、きちんと向き合って話せない。
本当は沢山聞き出したいのに、相手が簡単に言葉を紡いでくれなくて、
結局顔色を伺って終わりにしてしまう。
自分のコトを一貫して見てきたのは彼らだけなのだから、
やっぱり、外的に私がどう見えるのか、とか、
彼らの考えているコト、社会のコト、
きっと私のためになるコトをいっぱい知っているのに、宝の持ち腐れだ。

やめやめやめ!
やっぱり、家族は好きだけれど、家族の中にいるとどうしても納まってしまう。
自分が小さくて、平凡で、特に何もしなくても良いような錯覚に陥る。
こうして今、一人でいるコトで、
妄想かもしれないけれど、自分に力があるような、
「やろうと思えばできる」みたいな自信が付いた。
こういうの、ずっと持ち続けていたい。一生を納まったまま終えるのはイヤだ!
うん、私のためにも、やっぱり私は家族から離れて生活した方が良いかもしれない。

私は、親が思っているほど、小さな人間やないんやで!!!

プチプチ帰省

2005年6月2日 家族
実家から更新です。

帰ってきた名古屋はあいにくの雨。
迎えに来てくれた母親とお昼に中華を食べに行こうにも、運悪く定休日。
第二候補だった、いつも行列を作る、パフェの美味しいイタリアンレストランへ。
待っている間、母親が近辺のイタリアンレストランの話を始めるから、
なんでそんなに詳しいのかって聞いていたら、
父親と2人で、時に妹を交え3人で最近よく行くらしい。
「なーんだ、私だけお昼にパスタ&パフェを食べるのは贅沢やないかと思ったけど、
結構日常的なコトなんやね。」
これまで我が家にはあまり外食の習慣が無かったから、軽くショック。

帰宅してすぐ、お姉様(久々の登場。w)がお迎えに。
彼女も忙しいから、用事を済ませていく彼女にくっついていただけなんやけど。
「この歳になって、職場で運動会よ!高校出たばっかりの子と走らされるんだから!」
と、グチってた。w
なんだか、やけに考え方が老けたなぁ、と感じてしまった。
いくらでも時間があるのは、私だけみたいだった。
これから拓かれる将来も、大好きな彼氏さんも、
自分だけが宝物を一人占めしているようで、申し訳なかった。
「今の彼氏のコトに限って言うんじゃないけど、結婚式には呼んでね。」
「当たり前じゃん!呼ぶに決まってるじゃん!」
どうしたんだろ、なんか距離みたいなの、ちょっぴり感じてしまったよ。
ちょっぴり愚痴って、笑って日常に戻り、それでも今の生活を続ける彼女。
大変なんだろうなぁ。私にはとても理解できないくらい。
やっぱり彼女とは、ずっと仲良くやっていきたい。

6時過ぎに帰宅して、ようやく妹と再会♪
部活後で、初めてのジャージ姿。
「おねーちゃん帰ってきてるから、塾は休も〜?」お母さんにおねだり。
傍から見ると、母親は甘いです。
弟も妹も、要領よく母親のそういうトコを得て利用していたけれど、
私にはその一言さえ言えなかった。
こんなに母親が甘かったなんてね。人生損してたな。(苦笑)

クローズアップ現代を見て(笑)
PCに向かっていたら、妹再び。
膝の上に乗っけて(もうそんな歳じゃない?)お喋り。
大きくなったなぁ。膝にのられると前が見えないし、重たくて脚がしびれてたよ。。。w
彼女が「わかあゆ日記」を書いたら一緒に風呂行ってきます♪

 
それにしても今日のクローズアップ現代、どーなの、あれ。
救急車の出動数が伸びていて、いっぱいいっぱいだそうです。
そのせいで、平均5分までに現場到着が目安なのに、5分オーバーが平均的になっているらしい。
その原因は、高齢者と乳幼児の出動率の増加。
そして、全救急車出動数の内、救急車を使うほどの緊急ではない場合が全体の33%。
その中には、救急車は無料で病院へ連れて行ってくれ、病院で診察を優先してくれるというメリットを利用し、
救急車が不要であるにもかかわらず、呼びつける人、
しかも、それを1年に100回以上行うリピーターまでいるとか!?
日本人のモラル欠如だぁ…。
こんな一部の勝手な人間のために、救急車出動1回につき4万円以上の負担を税金から賄っている。
あぁ、めまいが…。

そろそろパンク状態だから、救急車の有料化を現在検討しているらしい。
それもそれで問題があって、
アンケート調査からだと、その料金が1万円前後だと、
逆に救急車を利用したいと考える人が増え、
変な「お客様意識」が生まれて、
「お金を払っているんだから、こっちの要望も聞いてもらう」
すなわち、救急車に病院の指定やその他のわがままを聞いてもらおうとする人が多くなるらしい。
かといって、利用したいと考える人が減少した2〜3万円の範囲に設定すると、
本当に救急車を必要とする人が利用をためらってしまう。
難しい…。

それにしても、モラルハザードによってこんな問題が生じるなんて、
なんておかしな社会だろう。
だんだん日本人の倫理観が失われつつある気がします。
本当に必要な人のために行われているコトなのに、
それを好きに利用する人が増えてしまったら、
本人も含め、本当に必要な人までもの首を絞めることになる。
本来の目的をきちんと認識し、慎み深い行動をとってほしい。

実家最終日

2005年4月9日 家族
昨日、ようやく髪の毛を切ってきました♪

1年弱、美容室とご無沙汰していたのですが、
ずいぶん前に染めた毛先が痛み出し、
切ったら茶色い部分が残らない程、自毛も生えてきたので、
バッサリ♪
シャンプーの時が一番楽です。シャンプーの量も少なくて良いし、
シャワーを流した後、髪の毛を束ねて水を絞るコトもできなくなりました。
ただ、ちょっぴり真っ黒な自分の頭に違和感があるけれど、
まぁこれも少しの間。気持ちいいなぁ。

そんな頭で、今日は家族でランチに焼肉♪
父親と鉄バサミの取り合いをしたり、
カルビを大量に網に乗せすぎて、肉の脂で火が強まり、箸で肉が掴めない状況になったり、
いろいろハプニングもあったけど、楽しかったぁ♪
お昼営業していない焼肉屋さんも多いけれど、今回行ったトコは土日だけお昼営業もしていて、
通常メニューとは別に、カルビ他何種類かの肉が200円均一になっていて、
たらふくご馳走になったのに、割安お値段ですみました。
お昼の焼肉は穴場です。

夜は夜で中学時代の友達とご飯。(焼肉でお腹いっぱいやのに・・・)
Aはこの春から保育士さんとして働きだし、
1クラス15人の3歳児を一人で任され、泣き声の輪唱に四苦八苦。
Iは地元で就活中で、毎日名古屋とを往復する忙しない感じ。
早くも卒業旅行等のためにバイトを増やしているとか。
Aが子供に囲まれて働き、お母さんたちと挨拶している姿なんか想像つかないけれど、
それでも自分より早く仕事に就き、自分でお金を稼ぎ始めた彼女には、
やっぱり尊敬してしまう。
ずいぶん前から保育士さんを夢見ていて、それを現実にかなえ、
毎日慣れない仕事で大変なのに、子供が「せんせい、せんせい」と呼ぶたび、
『この仕事に就いて良かった』と思える彼女は、やっぱり立派。
Aは、決まって最終的に恋愛と結婚の話題へ持っていく。
言ってるコトは大したコトじゃないのに、
私が漠然と結婚について考えてるより、彼女の方が具体的な形が見えてそうだなぁ。

明日は自室へ戻り。
私がこの間、「(実家に)自分の部屋無いから帰ってくるトコないわ」と言ったら、
妹が「部屋は向こう(九州)にあって、家はここ(実家)にあるじゃん」と妙に納得させられるコトを言った。
さてさて、
明日は妹の誕生日をすっかり忘れていたため急いで繕って帰室です。

入学式

2005年4月7日 家族
今日は朝から雨が降る中、
母親にくっついて、妹の中学校入学式へ行ってきた♪
桜はまだ花開かず、グチョグチョの運動場に車を停めて冷える体育館へ。
チラチラと辺りを見回していると、卒業から6年も経っていながら、
何人か、顔を知っている先生を見かける。
それにしても懐かしい・・・。
雨漏りしたオンボロ体育館、壁に立てかけてある私たちの卒業制作。
この小さい体育館に全学年が入ると、保護者が入れるスペースはほんのわずかで、
在校生の周り・体育館の内周を囲む形で、着飾った父兄が並ぶ。

校長の挨拶は、予想に反し、簡潔で分かりやすく短かった。
新聞に掲載された、「日米中の高校生の授業に対する関心について」のアンケート結果を白板にまとめて表し、
実際に「授業中ボーっとしたり、寝てしまったりしている1年生、手を挙げて〜」等と言いながら、
実際に新1年生に話し掛け、その後実際のアンケート結果を説明。
米中と比べ、日本の高校生の授業に対する関心の無さを話した後、
新1年生にはこの数値を上げてほしいと締めて、終わり。
校長の話となると、長くてつまらなくて、眠気を誘うのが定番だっただけに、
こんな新スタイルに驚き。

引き続いたPTA会長の挨拶なんかも、
多分学校の方から時間短縮をお願いされているのか(?)、あっという間に終わった。
はやー。

後で母親に話したら、どうも小学校の卒業式での校長の挨拶も、
地元出身の童話(?)作家・新美南吉のごんぎつねの話を取り上げたり、
白板を使って視覚的に表したりと、
今までの長くて堅い校長の話というイメージを壊す新スタイルだったらしい。

面白いなぁ。校長の話が簡潔で面白いと、中学生もちゃんと耳を傾けるんよね。
入学式も卒業式も、入学生・卒業生が主役なんやし、それを意識してのスタイルよね。

その後、生徒が退場した後、何人かの先生から学校としての指導方針やこれからの予定を簡単に聞き、
各教室へ。
生徒に向かって書類等の説明する担任の口調は、一つ一つ丁寧で少し幼くて、
中学生って、こんなに丁寧に話さないと通じないものなのかぁ、と感じた。

それにしても最近、身長も伸びつつ妙に成長した妹は、
どこまでが理解できていてどこまでが理解できないのか、いまいち掴めなくて、
ちょっと小さい子向けの話し言葉をすると、白々しい目で見られてしまったり。(苦笑)
と言っても、やっぱり仲良しで、ディズニーランドでは迷子にならないように手をつないでまわったし。
これから「反抗期」なんかもあって、一層扱いに困ったりして。(笑)
なにはともあれ、私のお古のセーラー服を着た妹を見ると、成長したなぁと実感。
これからも見守っていこうと思いまふ。

Be honest

2005年2月1日 家族
I just wanna be honest to say to my mum what I do.
But I don’t understand what she is thinking about me.
Am I still a little girl?
Do I still need a help of parents? -Yes.

Yes, I still need them.
They let me to go to school, to borrow a room, to live alone...
They feed me.
They are working for me. me, as a daughter.
so, I really really love them, my family. honestly.

so...so, I just want to be honest.
I just want to tell them what I did, what I do and what I think about,
because I love them.
I don’t like to lie for no disupute.

That’s why I introdeced my boy friend to my mum.
He is not just a boy, he is my boy friend.
I thought that helps her to understand how I live here.
Yeah, I think it works.
But it doesn’t mean anything that she allow me to go out with him.

Do I do bad things?
go out together? live together? same bed? -I don’t think so.
But I can’t tell them untill I finish to be fed by them.
I have to be independent to be honest.

ふたつのスピカ

2005年1月19日 家族
もともとは「引きこもり体質」だったりして。(笑)

スピカを読んでいて、大切な人たちを思い出していました。
スイッチを点けたラジオからは、荒井由実のルージュの伝言。
多分、私の音楽のルーツは、ミーハーで格好つけ野郎な父…かな。
あの日、私に送ってくれた2枚組みのCDは、優しいです。

おっきい夢、見たいなぁ。

デート

2005年1月3日 家族
今日は妹と二人デートに行ってきました。ケッタで。(笑)

こういう時、私が車でも運転できたらなぁ、と思うのですが、
私が最近まで使っていた(今も使ってる)自転車に妹が乗って、
母親が幼き私たちを乗せて3人乗りしていた時代から使っているママチャリに私が乗って、
ちょっぴり遠い、古本屋さんまで、お目当ての漫画を求めて。

その店にある分だけ買い占めて、向かえにあった100円の回転寿司屋へ。
CMで通常一皿2カンのイクラが3カンのってると聞いた覚えがあったから、
夕方4時半という微妙な時間帯ではあったけれど、
「一人一皿だけやで!一皿以上食べないで!」
と二人で約束をして入店。
さすがお正月、こんな微妙な時間でも席待ちのお客さんがわらわら。
二人の私たちはすぐに席へ案内され、お茶とショウガを取る。
回転レーンでまわるイクラの皿が本当に3カンのっているか確認するため、
しばしレーン上のイクラを探す・・・なかなか流れてこない。(笑)
探しているうちに、美味しそうなネタが次々と前を素通りしていき、
イクラでなくても良い気がしてくる・・・
終いにやっと流れてきたイクラの皿は2カンだった!!!
「これなら、さっき通ったハマチの方が美味しそうじゃん。。。」
妹は妹で、2カンのイクラを見て標的をケーキに決定させた模様・・・。
んじゃ、私の標的も変更だぁ!と、流れてきたハマチの皿を取る。
100円寿司はすぐにネタがシャリから落ちるため、
始めからネタだけを醤油につけて、後でシャリと一緒に口に運ぶのが賢明。
レーン上を流れていたハマチは、どこか生温かい気がした。(苦笑)
妹もようやく流れてきたチョコレートケーキで手を打ち、おやつ代わりにペロリ。
お会計をした5時には、待合所のお客さんが更に増えており、
たかだか200円のために席に通してもらったのが心苦しい。(苦笑)
210円を払って、さぁ次はカラオケだ!

今まで友達と一緒にカラオケに行って、受け付けを友人に頼んでいたから知らなかったのか、
カラオケってものが会員制のシステムを取っているコトを初めて知りました。
事前に周囲にあるカラオケボックスに電話をして、値段比較をしていたのだけれど、
入会料が500円だと聞いて別の店へ。
ちなみに1月3日は祝日扱いの料金でした。うぅ、高い。
またまたケチに、1時間の予定でルームへ。
妹はカラオケ体験2回目で、ちょっぴり緊張している模様。
部屋へついて最初に妹が入れた歌はオレンジレンジの「花」。
(auのCMで起用されてる曲)
小学6年生が新品のアルバムCDを買うなんて、当時の私の発想には無かったけれど、
妹はそうやってオレンジレンジで楽しんでました。
私もなるべく妹が知っている曲を選ぼうと、古い歌より新しく流行ってる歌を。
「瞳を閉じて」で熱唱してみました。(照)

1時間盛り上がった後、帰宅途中で今では廃れた小さなデパートへ。
ここのケーキ屋さんで帰省するたびにいつも会う友達がバイトをしているため、
新年のご挨拶。
今回は帰省した時期も年末の遅い時だったため、連絡を入れてなかったため、
「いつ帰ってきてたの!?」と言われてしまいました。(ゴメンちょ。)
「いつ向こうに戻るの?」と聞かれ、「ん・・・ゴメン、明日。」なんて、
すごく答えにくかった。(苦笑)
私より早くこの3月で卒業する彼女は、正職員としての仕事が見つかっておらず、
不安そうではあったけれど、一応自分のやりたい職種には就ける風なので、一安心。
いつも集まるメンバーの中で、この調子だと私が一番最後まで学生をやってるコトになるから、
私は一人、二人と応援していくさー。
んで別れ際、流行ってないケーキ屋さんの彼女は、
「ゼリーあげるよ。」と言って、ウィンドウから私と妹の2人分のゼリーを手渡してくれた。
おぃおぃ、そんなに堂々ともらっちゃっていいんかよ・・・?

その後、家へ向かう。着いたのは8時。
普段、母親の車で移動している妹にとって、自転車でここまで移動したのは久々だったのかな。
赤い顔をして、でも楽しそうに見えた気がする。
明日でまた当分妹と会えなくなるから、しっかりあの子の目線を覚えておいて、
成長した様子を見ててあげなきゃ。